幕末異聞―弐―


――河原町三条上ル 対馬藩邸


池田屋で何が起こっているのか知る由もない対馬藩邸内では、友好関係にある長州藩の重鎮・桂小五郎を歓迎する酒や料理が振舞われていた。

「さあさあ桂殿!そんな遠慮なさら飲んでください!」

対馬藩士の田中が満面の笑顔で桂に徳利を差し出す。

「いえ…私はもう失礼しなくては「何を言ってるんですか!まだ一滴も酒を口にしていないではありませんか?!」

「大事な会合を前に酒を呷るのはいかがなものかと…。また次回必ずお付き合い致します故、今夜はこれで失礼させていただきたい」

桂は豪勢な料理にほとんど手をつけないまま箸を置いた。


「…そうですか。残念です」

ようやく田中も桂の切羽詰った様子に気がついたようで、徳利を畳に置き、目下の藩士に襖を開けるよう目配せをした。


――スパッ!


「?!」

田中の視線に反応した藩士が、素早く背後の襖に手をかけた時、不思議なことに独りでに襖が開いてしまった。何事かと怪しみ、部屋にいた全ての藩士が襖に注目する。


「た!大変です!!」


仲間の熱い視線を受けて登場したのは、門番をしていた若い藩士だった。
血相を変えて頻りに誰かを探す素振りを見せる。

「何事だ?!」

いつまでも“大変”の内容を切り出さない藩士に気の短い田中が自ら質問した。

「長州藩士を含める攘夷志士と新撰組が池田屋で戦ってるんです!!」

若い藩士は桂を見つけると、彼に顔を向けて必死の形相で声を張る。

「「「?!」」」


「…」

部屋にいた全員が動揺していた。
対馬藩の藩士が慌しく動き出す中、同郷の人間が巻き込まれているにも関わらず、桂の態度は一貫して冷静そのものだった。



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