幕末異聞―弐―
「テメーが死ねーーーッ!!!」
「!!」
――ズザザッ!!
黒い影に丸腰で果敢に挑む楓は、自分よりも大きな背中らしき部分に派手な跳び蹴りをお見舞いした。
編み込まれた井草をボロボロにしながら畳の上を滑っていく大きな影。上半身を廊下に投げ出し、ようやく停止した。
「このクソが!!お前の相手は後でしたる!」
黒い影が当分立ち上がれないのを確認して、楓はぐったりとした沖田に近寄る。
「起きろ男女―!!あんただけサボらせてたまるかー!」
沖田の耳元で啖呵を切った楓は、ふうっと息を吐いて左手を高々と上げた。
そして…
――パーーーンッ!
意識を失っている人間の頬を思いっきり引っ叩いいた。
「意識とばずのは死ぬ時だけにせいボケ!!」
あまりに理不尽な振る舞いに蹴り飛ばされた影も閉口する。
「い…ったい……」
叩かれた頬が桜色になってきた頃、今まで全く動かなかった沖田が微かに口を動かした。
「痛いか?」
「ケホッケホッ!!痛い…」
「じゃあまだ生きとる証拠や」
「ゴホッ!はっ…はは…普通、意識ない…人に…ゲホッ!こんな事する?」
再び酸素が脳に送られるようになった沖田は徐々に覚醒していく。右手で腫れた頬を摩れるまでに回復している。
「か…えで……」
「何や?」
息を吹き返した沖田に対し、安堵の表情を見せた楓だが、それはほんの一瞬の事だった。
「ケホッケホッ…私は……俺は、死ぬの…かな?」
苦しそうに咳をする沖田の背中を優しく摩ってやる楓。
(…痩せたな)
摩る度に背骨が手の平に当たる。日々剣術で鍛えている青年とは思えない背中に、楓は唇を噛み締めた。
「それはあんた次第や。生きたきゃ明日の朝餉の事でも考えろ」
「…ふはは。…楓らしい」
色の無くなった唇で弧を描く沖田。
いつまた気を失ってもおかしくない。