幕末異聞―弐―
「おもしろい奴だ。お前、女子だろう?」
蹲っていた黒の物体がゆらりと立ち上がり、畳に刺さっていた誰のとも知らぬ刀を抜き取った。
「そんなんどうだってええやろ」
沖田が落ちたのを見届け、彼を守るように前に立つ楓。
「くく。確かにそうだ。
その羽織を羽織っている限り、女でも男でも関係ないな」
「はっ!そりゃおもしろい」
口先では余裕を窺わせる楓だが、心の中では、吉田との予想以上の身長差に悩んでいた。
体の小さな楓が長身の相手とやりあう時は、歩幅だけではなく、腕の長さも問題となってくる。
その腕の長さを補ってくれるのが、長年連れ添ったこの大太刀だった。
屋内では完全に不利だと思われていた大太刀が、思わぬ所で楓に利を運んできてくれたのだ。
多少動きが鈍くなろうと、普通の太刀で戦うよりはずっとましなはずだ。
「女、名は?」
「人に名を聞くときは自分から名乗れ馬鹿者」
楓は大太刀の柄をなるべく長く持ち、吉田を睨みつける。
太刀の刀身三本分。
これが吉田と楓の間合いの限界であった。
「これは失礼した。俺は長州藩藩士・吉田稔麿だ」
「吉田…なるほど。お前が吉田か」
足を縦に大きく開き、姿勢を低くする楓。
「名は?」
一方の吉田は、肩幅に足を開き、今度は中段に刀を構えた。
「赤城楓」
「ふっ。覚えておこう」
長く激しい戦いのせいで、ささくれ立った畳が足袋を通り抜けて足に刺さる。それでも、お互い摺り足で円を描くように移動し、相手の出方を見ている。