幕末異聞―弐―
「一つ忠告したる」
楓は、吉田を睨んだ目はそのままに、口元だけで笑う。
「?」
「あんたの背丈とこの部屋の構造上、その構えは明らかに不利や。うちを舐めてんのか?」
先ほどの沖田との対決では、下段に構えていた刀を敢えて中段に構え直した吉田。
彼の腕の長さ、身長、天井の高さなどから考えると、明らかに下段に構える方が多種多様な技を繰り出せるのだ。
「舐めている。どんなに強がっても所詮女子だ。力で俺に勝つことなど不可能」
吉田は楓を見下すような目で不適な笑みを浮かべた。
「くくく。不可能ね」
刃先が月の光りに反射して楓の顔を青白く染める。
照らし出された彼女の目は狂気を宿していた。
「やってみなわからんやろ?」
「…ふ。確かにそうだ」
吉田と楓を覆う空気がピンっと三味線に弦を張った時のように張り詰める。
微かに楓の右足に重心が掛かった。
吉田はその僅かな変化も見逃さない。
(まずは受け身から力量を測る)
自分の中で組み立てられた戦法を実行に移すため、変化した楓の動きを敢えて無視する吉田。
――トンッ…
吉田が睨んだ通り、楓は次の一歩で円運動から一気に直線運動に変えてきた。
(左利きか…。少々面倒だ)
――キィィイィン…
刀同士が激しくぶつかる音。吉田の手は当たった時の衝撃でビリビリと痺れた。予想以上に強い楓の力に感心する。
交差した二人は、瞬時に踵を返してまた向き合う。
(速いッ!!)
体勢を整えている間に、楓は次の攻撃の体勢に入っている。