幕末異聞―弐―
四章:見えない影
長らく不在となっていた新撰組局長室に久々に人の影が見える。
「歳、局長代理ご苦労だった!」
厳つい顔に似合わない子どものような笑顔で、土方を労うのは、新撰組局長・近藤勇であった。
「あんたらこそ、長旅ご苦労さん」
「いや、私は単なるお付きだよ」
「いやいや!山南がいなければ、正直上層部の話には全くついていけなかったよ!」
近藤は、会津藩邸に公用がある時は必ず、博識な新撰組副長・山南敬助を連れて行く。
二人の副長は文武を分かち合う事で局長を支え、この組織のバランスをとっているのだ。
三人の幹部はしばし長旅の土産話に花を咲かせた。
だが、一昨日の事件の報告により、和やかな雰囲気は一変することとなる。
「近藤さん。一昨日、松原通り木屋町の和菓子屋で放火事件があったんだ」
「放火?」
近藤は、新撰組局長としての顔に戻る。
「ああ。齋藤君が放火犯二人を捕まえたんだが、これがまたうまくねぇんだよ」
「うまくない…とは?」
山南がこれから切り出されるあまり良くない知らせに身構える。
「長州の人間だったんだよ。それだけなら大した話じゃねーんだが、山崎君の話によると、倒幕過激派の長州藩士・吉田稔麿が京都に出入りしているらしい」