幕末異聞―弐―
「荷物はないに越した事はない。生憎、俺にはもう刀を持つ力は残ってない。お前がやってくれ」
「馬鹿な!そんな事できるわけないだろう!!?」
桂は首がもげてしまいそうなほど激しく首を左右に振って吉田の言葉を拒絶した。
「冷静に、私情を抜かしてこの先の事だけを考えろ。もし、お前がここで俺と共に壬生狼に捕まって殺されたとしたら、長州藩邸に残った奴らは誰から指示を仰げばいいんだ?」
「それは…」
「お前と俺が同時にこの世から消えたら、松陰先生の教えを誰が受け告ぐ?」
「…」
「死んでいった同志たちの無念を誰が背負って生きる?」
「……稔麿。俺は…」
吉田が差し出す刀を躊躇しながらも受け取った桂。
いつも腰に差しているはずの愛刀は、信じられないほど重く感じられた。
これが人の命の重みなのか。
そう思うと、桂の目からは自然と涙が零れた。
「損な役回りをさせてすまないと思っている」
「…気にするな。」
――カラン…
鞘から姿を現した刀は、その存在を主張するように、キラキラと白光を身に纏う。
「稔麿。俺はお前の思い描いていた新しい日本を絶対に実現させる」
桂は吉田がなるべく苦しまないで済むように、突きの構えで心臓辺りを狙った。
「そして、吉田稔麿という武士がいた事を証明する生きた証になってやる」
涙で一杯になった目を袖で乱暴に拭い、吉田の勇姿を目に焼き付ける。
「……ふふ。最後がお前でよかった」
「…ゆっくり休め。
次に目が覚めた時には、きっとまた笑って会える」
「……それは…いいな」
「おやすみ」
「おやすみ」