幕末異聞―弐―
「……しんど」
吉田を取り逃がしたことで、楓の体調は更に悪化していた。
腕からの出血のせいで、もう一人で立っている事もできない。
楓は吐き気と眩暈を抑えるために、窓にもたれて頭を下げる。
(あかん…)
力の入らない膝を折り曲げ、膝立ちで桟にしがみ付き腕の痛みと戦う楓。
――ビシャッ…
「!?」
水溜りに足を浸けるような音に楓は体を強張らせた。
「へ…へへへ。今なら殺せる!今こそ天誅を下してやるーーーッ!!!!」
「…てっきり逃げたものだと思っとたわ」
楓は頬に伝う冷や汗をそのままに皮肉交じりの笑顔を声の主に見せた。
部屋の中心で刀を手にして立っていたのは、吉田と共に最後まで残った浪士だった。どうやら、隣の部屋の押入れに隠れていたようだ。
「武士が逃げるわけなかろう!!」
男は半狂乱になりながらゆっくりと楓に近づいてくる。
「ほぉ。それじゃなんや?押入れに入ってたのは誰かとかくれんぼでもしてた言うんか?」
自分がもう戦える状態でないにも関わらず、楓は相手の神経をわざと逆撫でる。
「ぶ、武士に向かってその口の利き方はなんだ!?恥を知れ!」
「お前が恥を知れ阿呆」
向かってくる浪士に臆する事無く楓は座ったまま唾を吐き捨てた。
「お…おのれぇええぇ!!天誅じゃーーー!」
焦点の定まらない目でがむしゃらに楓に突っ込んで来る浪人。
迎え撃つ楓は、刀はおろか、武器になりそうな物など一切持っていない。それでも、楓は座ったまま動かない。
「お前のような屑にやられてたまるか。後は頼んだ」