幕末異聞―弐―


開いた目に映ったのは高い天井。


どうやらまだ死ねていない。ただの直感やけど。




「おはようございます」



この声を知っている。うちの名前を散々呼んだ声だ。


「……まだ生きてるのか」



声が出ることに少し安心した。
視界も段々とはっきりしてきている。改めて自分が生きてるのだと実感する。

「ええ。貴方も私も生きることに貪欲なようです」

いつもの調子で笑う声の主を視界に入れようと首を傾けたが、横を向いたと同時に生温かい何かが顔を伝っていった。


「泣いていましたよ。ずっと」


視界に入った沖田総司は濡れた手拭を額に当てて座っていた。首に残った痣が痛々しい。


「……髪」


「ふふ、これですか?似合うでしょう?」

照れくさそうに笑う総司が目の前にいる。そんな当たり前のことが特別に感じられた。


「…似合わん」

「あはは!相変わらず厳しいなぁ」



「…総司」


総司の言葉で、ある約束を思い出した。

「はい?」

「何かうちに言いたいことがあったんとちゃうんか?生きとったんやから聞いたるわ」


あの時の約束。

お互い朦朧としていたとはいえ、確実に交わした契り。

戦いが終わった今、条件は満たされた。


「何の話ですか?」

「?」

「生憎、私はあの時意識が朦朧としてまして。貴方とどんな会話をしたのか覚えていないんですよ」


嘘だ。

顔全体を覆った手拭からは、真っ赤になった耳がはみ出している。
子供が見ても解る下手な嘘。


「そうか。じゃあ約束は無効でええな」

「残念です」


そんな事思っても無いくせに。



まあ、本人が言いたくないなら無理に言わせる必要も無いけどな。



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