幕末異聞―弐―
額に当てた日を遮るための男の手が微かに動揺を見せる。幸い、子供たちには気づかれていないようだ。
男の肩に覆い被さって遊んでいた坊主の男の子が更に続けた。

「なんや偉い大事だったみたいやで?噂じゃ三条小橋界隈は血の臭いが臭うてたまらんとか…」



一体どれだけの犠牲が出たのか?

日本を良くしたいという同じ志を持った者たちはどうなったのか?

吉田、桂、宮部は無事だったのか?


それを知る術は男には無い。



「あ!!“誠”の旗や!壬生狼が来よったで!!」

「どれどれ?!血とかついてる?!!」

複雑な表情を手で覆い隠したまま、はしゃいで階段を下りていく子どもたちを見送る男。


四条通では浅葱の隊服を着た新撰組の行進が始まっていた。
参列した者たちはみな一様に胸を張って四条通を力強く闊歩している。



「…何を勝ち取った言うんじゃ?」


男は、自分では制御しきれない痙攣にも似た激しい全身の震えに襲われていた。


「のお…教えてくれんか?」




――おまんらは世を守っているのか?

破壊しているのか?





この時、八坂神社の石段に立っていた坂本龍馬の目には、左腕に包帯を巻いた一際小さな隊士・赤城楓の姿が映し出されていた。






――六月五日
三条小橋・池田屋で繰り広げられたこの死闘は、「池田屋事変」と呼ばれるようになり、後々の日本で語り継がれる事となる。

同時にこんな事も伝えられている。


――池田屋事変のせいで、幕府の衰退が一年早まったのではないか。




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