幕末異聞―弐―
「はい、では大きく息を吸って」
数時間ごとに訪れるこの言葉に、沖田は半ば不快感を覚えていた。
見物人のひしめく四条通の真ん中を派手に行進し、ようやく屯所に帰営した新撰組を待ち構えていたのは八木邸の玄関に立つ数人の医者。
「皆ご苦労であった!あそこにおられる医者様は会津・松平候に派遣された方々だ。
怪我人は彼らの元へ行き、適切な処置を受けること!どんなに小さな刀傷でもだ!いいな?!」
屯所の門前で声を張り上げた近藤は、隊士たちが頷いたのを目で確認してから門を潜り、さっさと八木家の中に入って行ってしまった。
「…局長、あれだけ派手に戦ってかすり傷一つ無しかよ?」
「…すげぇ」
残された隊士たちは、近藤の凄さを改めて思い知らされたようだ。
「オラッ!ぼさっとしてねーで怪我人はさっさと医者の所に行け!その他の奴は散れ!」
近藤を見送った土方は、立ち話をしている隊士たちに向け、容赦なく激を飛ばした。
「楓はあっちじゃないですか?」
腕組みをしていた沖田がちらりと横目で包帯を巻かれた楓の肩を見る。
「…いちいちムカつく」
皮肉ともとれる沖田の言葉に、楓は口を尖らせた。
「だって本当の事じゃないですか。早く行かないと腕腐って取れちゃうかもしれませんよ?」
「笑顔で恐ろしいこと言うなボケ!!」
ゲシっと沖田の足を蹴って医者の元へ蟹股で進む楓。
沖田は、蹴られた部位を摩りながら、自分は血まみれの隊服を着替えるため、自室に向かう事にした。