幕末異聞―弐―
「総司」
「?」
玄関に上ろうと草鞋を脱いでいた沖田に声を掛けたのは、副長・土方だった。
見る限り、ずいぶんと複雑な表情を浮かべている。
「ふふふ。どうしたんですか?そんな変な顔して」
沖田は素早く土方の表情を読み取り、出来るだけ話し出しやすい環境を作るために、いつもの冗談と無邪気な笑顔を見せた。
「…ちょっと来い」
「やだな〜。なんかその言い方怪しいですよ?」
「なっ?!!!馬鹿言ってないでさっさと付いて来い!!!」
「はいはい」
なんでもかんでも間に受ける土方の真面目さに笑いを堪えながら背中を追う沖田。
土方は迷わずどんどん屯所内を進んで行く。
「ここだ」
何箇所か曲がり角を曲がってある襖の前で土方の足は止まった。
「ここだって…私の部屋じゃないですか?!」
沖田は、眉を寄せてなんとも情けない顔を土方に向ける。何故わざわざ他人に自分の部屋まで案内されなくてはならないのか理解できない沖田は、土方によって開かれた襖の中を覗きこむ。
「先生、お願いします」
「?!!」
下出に出た土方の言葉と共に、沖田は漆黒の大きな瞳の輪郭が露になるほど目を見開いた。
主のいない沖田の部屋の庭園側に敷いた覚えの無い布団が敷かれていたのだ。
そして、皺一つ無い布団の横に姿勢よく正座していたのは、頭を見事に剃り上げた清潔感のある中年の男性。
「沖田殿、土方殿。この度は大変ご苦労様でした。さぞ、お疲れになったことでしょう」
挨拶一つも上品にこなすこの男性、大きな木箱を持っている事から、医者であると沖田は瞬時に判断した。
「お気遣い感謝いたします。総司、紹介しよう。この方は、会津藩お預かりの医師・松本良順先生だ」
「…医者」
やっぱりなとでも言うように軽く息をついた沖田は、良家出身の雰囲気を漂わせる松本を上目遣いで観察する。