幕末異聞―弐―
「松本先生はその筋の第一人者です。安心してください」
庭を囲むようにして作られた縁側の曲がり角から、疲労の色を全身に纏った山崎が立っていた。
「心配なんざはなっからしてないさ」
「…」
「そんな事より山崎君。昨日の池田屋での死傷者と、残党狩りの結果はどうなったんだ?」
土方は何か言いたそうにしている山崎の口を開かせないために、先手を取る。
「はい。倒幕側、宮部鼎蔵・吉田稔麿・大高又次郎・伊藤弘長を含む七人の身元と死亡が確認されております。他、身元不明の死者が四人。新撰組の隊士では、奥沢栄助が死亡、藤堂・新田・安藤の三名が重症を負っています。会津、桑名、彦根側の死傷者の確認はまだ出来ていません」
「…桂は逃がしたか」
「残念ながら。しかし、永倉先生や近藤局長の話によると、人相書きのような桂らしき人物は見当たらなかったとか」
「そうか…。よし、引き続き、長州の監視を続けてくれ」
「承知しました」
山崎は土方が自分の前を通り過ぎるのを待ってから、音も無くその場を立ち去っていった。
「嵐の前の静けさ…か」
木の葉一つ揺れる気配の無い無風快晴の空を見上げて、土方はうだる様な暑さの中に紛れ込んだ悪寒を感じていた。