幕末異聞―弐―
「言葉を交わす機会を与えてもらえない。そんな状況じゃ何も進まん。時間が経てば経つほど犠牲は増える。龍馬」
中岡の呼びかけに答えることはせず、坂本は押し黙って畳の目をひたすら指でなぞった。
「…慎太郎」
「うん?」
重く息苦しい空気の中、ようやく顔を上げた坂本は、姿勢を正して中岡と目を合わせる。
「あくまで、幕府に話し合いの席を設けて貰う事を目標にした同盟作りじゃ。ええが?」
「ああ。おまんの気持ちはわかっちゅう」
二人は、お互いの意思を確認し合い、最初の同盟成立の証に固い握手を交わした。
「慎太郎、わしはある人物と話をしてみようと思う」
「ある人物?」
いつもの覇気を取り戻した坂本の提案に、中岡は首を傾げる。
「薩摩藩の西郷隆盛と話をしてみようと思うんじゃ」
「さ…薩摩藩?!」
平然と爆弾発言をする坂本に、中岡の口は開いたまま塞がらなかった。
中岡が驚くのも無理はない。薩摩藩といえば、会津藩・桑名藩と名を並べるほどの佐幕の大御所。水面下ではあるものの、倒幕派を支援する坂本と中岡にとっては天敵と言っていいほどの存在だった。
あろう事か、坂本はその天敵である薩摩藩士と話をしようと言っているのだ。
「ななな…何を言っちゅう!??」
中岡は額に汗を滲ませて坂本の胸倉を掴む。
「なはは。大丈夫じゃ!西郷さんは知り合いじゃき、話くらいはできるだろう」
どこから来るのか全くわからない、自信に満ち溢れた笑顔を中岡に向ける坂本。
「おまんの考えは理解し兼ねる…一体、何のために薩摩なんかと話合うが?」
「幕府と倒幕派の両者の考えを聞いてみたいんじゃ。両方面からの言い分を聞けば争わなくても済む方法が見つかるかもしれん!」
「しかしな龍馬…」
「慎太郎。やらせてくれんか?」
「…」