幕末異聞―弐―
「腕の調子はどうなの?」
「あんなんかすり傷や。くだらん心配してんで早よ武器運べや」
「へいへい」
新撰組屯所に穏やかな時間が流れたのはほんの一瞬であった。
会津藩から倒幕派が都へ挙兵の準備を進めているという知らせを受けた近藤勇は、池田屋での傷が癒えきらない隊士たちに直ちに出陣の用意をするよう命令した。
池田屋事変より一ヶ月足らず。新撰組は再び浅葱の死装束に腕を通すことになったのだ。
「おい!お前も偉そうに見てるだけじゃなくて少しは手伝えよ!」
薄暗く湿気の籠った蔵の中で、腰を屈め作業をしていた浅野薫は不満そうに扉を睨んだ。
「めんどくさい」
浅野の視線が捕らえたのは、蔵の扉に寄りかかってのん気にあくびをしている楓の姿。
池田屋事変を最前線で戦い深手を負った二人の勇敢な隊士は、七月に入ってから通常隊務をこなす様になっていた。
「もう医者には診せてないのか?」
仕方なく一人でガサガサと使える武器の見極めをしている浅野が、至極つまらなそうに空を見上げている楓に問いかけた。
「まだ診せとる…っちゅーか診られとる」
「何それ?」
浅野は舌打ちと共に曖昧な返答をする楓に鼻で笑う。世の中には医者に診察してもらう金を持っていない者が大勢いるというのに、こんな贅沢な物言いをする楓を、浅野は少々冷ややかな目で見た。
「定期的に総司んとこ来てるあのハゲ医者や。あいつが総司の診察を終えると必ずうちを捕まえて腕をいじくり回すんや」
「ああ!山崎さんが推してる松本良順とかいう医者か!いいじゃん。あの人に診てもらえるなんて幸せ者だって言ってたぞ」
腕一杯に使えそうな刀や槍を抱えて、荷車に乗せる浅野の姿を目で追う楓は、前で組んでいた腕を腰に当てて眉間に縦皺を刻んでいた。