幕末異聞―弐―
「こんなんもうええ加減にして欲しいわ!!」
志乃と別れたお松は三本木にある小さな料亭『吉田屋』の裏口の戸を潜った。
戸を潜ると今度は勝手口があり、そこは調理場へと続いている。
「お邪魔しますよ!!」
お松は、丁度忙しい時間帯の調理場を駆け抜ける。
料理人たちは、調理場にはいるはずのない女性が入って来たことに驚いた。
「幾松!そない急いでどうしたんや?!」
お松こと幾松と顔見知りの料理人が事情を聞こうとするが、幾松は振り返りもせず、
「ちょっとな!」
とだけ言い残し、店の客間がある方に走っていった。
料亭の表入り口を少し入った所に立派な松の木でできた漆塗りの階段がある。その階段を掛け上がり、幾松は、一直線の廊下上にある客間の一番端部屋を目指した。
――スパンッ!!
何の断りもなしに勢いよく開かれた襖は、枠に当たった弾みで半分戻ってきた。
「どうしたんだ幾松?そんなに慌てて…」
部屋の中にいたのは一人の男。当然、走って乱れた幾松の姿に目を丸くする。
「はぁ…はっ。み…壬生狼が来てはります!早く…どこかへ!!」
幾松は襖にもたれながら必死で男に危険を知らせた。男も、幾松の様子に偽りではないと感じ、用心深く部屋の奥にある格子窓から三本木の大通りを覗く。
「…なっ!!」
男は言葉を失った。