幕末異聞―弐―
「ほっほ。まるで父親のようですな。沖田さんは、愛されてて羨ましい」

近藤や後の二人の一喜一憂する様を見て、失礼とは思いつつも口を緩ませる松本。
言われて初めて自分たちが普段の冷静さを欠いていた事に気が付いた新撰組の三人は顔を赤くして咳払いをしていた。
壬生の狼の意外な一面を垣間見た松本は喉の奥に笑気を押さえ込み、もう一つの重要な報告をするため、真剣な表情で深く息を吸う。


「今日はもう一つ、お三方に今度の出陣について報告したい事がございます。
先の池田屋で額に深手を負った藤堂殿と、赤城殿は屯所に残るよう指示して頂きたいのです」


思わぬ名前の響きに、三人の時が一瞬止まった。


「…それは平助と楓君を戦に参加させるなということですな?」

「藤堂君は解る。だが何故、通常隊務に戻っている赤城まで残留組に入れるのか説明して頂きたい」

松本の言うことなら何でも鵜呑みにしてしまいそうな近藤を制し、土方が前に出た。
帝、将軍の命に直接関わるかもしれない今回の戦。楓ほどの戦力をそう簡単に削ぐわけにはいかないと土方も必死なのだ。

「もちろんです」

土方の気持ちを理解していた松本は彼に目を合わせ頷いた。

「赤城殿の左腕は、完治していないのです。いや、正確には一生完治しないかもしれません」

「「!!!」」


「…そりゃ…いってぇどういう事だい?」

あまりの衝撃に言葉を失う近藤、山南の代わりに土方は地鳴りのように低い声でその根拠を問い質した。

「六月のあの日、全ての負傷した隊士の診察結果に目を通していた私は、もちろん赤城殿の診断書にも目を通しました。
それには、“骨に異常はなし。刀傷であるが傷口の化膿は認められず。”と記してあったので、年齢から考えて一ヶ月で完治するだろうと思いました。
それから私は、念のため沖田さんの診察の帰りに彼女の左腕の経過を観察するようにしていました。案の定、彼女は目を見張るほどの回復力を見せてくれた。しかし、怪我をしてから一ヶ月経過して私は気づいたのです」



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