幕末異聞―弐―
「おわっ!!楓?!」
風のように自分の上を跨いで行ったモノの名を藤堂が叫んだ。
「あ…ああ!副長から聞いたんだよ!」
原田にまたがり胸ぐらを自分の方に引き寄せたのは話のネタである赤城楓その人だった。
普通の女子にこんな事をされたら、男であれば誰だって気分が高揚するものだろう。しかし、彼女相手では少し話が違う。
「ふんっ!舐めた真似しよる」
言葉遣いも去ることながら、問題はその表情。原田を睨む楓の顔は眉間に皺を寄せ、目を吊り上げていた。
(これじゃいくら女の肩書きがあっても何の役にもたたねーなぁ)
鼻と鼻が触れるほど近づいた視界いっぱいに広がる楓の顔をぼんやり見つめながら心の中で溜め息をつく。それと同時に原田の着物を拘束していた手が放された。
「ぐわっ!いっってぇぇ…」
腹の力を抜いていた原田の上半身は、支えを失って後ろに倒れる。
畳に後頭部を強く打ち付け悶える原田を尻目に、楓は立ち上がり部屋を出ていってしまった。
「…何なんだあれ?」
「…さぁ?」
嵐のように場を乱すだけ乱してどこかへ行ってしまっ楓に対し、眉を八の字に寄せる藤堂と永倉。
目の前には運悪く嵐に巻き込まれてしまった原田の亡骸が転がっていた。