幕末異聞―弐―
「では、私はこれで失礼します。くれぐれも無茶はなされないように」
「あはは!どうやら私は相当信用されてないようですね」
肝に銘じておきます。と言って笑ったのは胡坐をかいて紺色の羽織を肩に引っ掛けた沖田。
池田屋事変から一ヶ月、ようやく土方に隊務に戻る事を許された沖田は至極上機嫌だった。
「休養中、ずっと隊を永倉さんと斎藤さんに任せていましたから、今度お団子でも奢って差し上げないと」
肩より少し長くなった黒髪を掻き上げて楽しそうに笑う沖田からは、とても病に侵されているとは思えない覇気が漲っていた。
おそらく、これから長期に渡って戦に出向くであろう沖田の最終的な診察を終えた松本は、持ってきた行李から小袋を取り出した。
「残念ながら、戦に出てしまえば、私は駆け付けることは出来ません。気休めにしかならないかもしれませんが、解熱と咳止めの薬です。持って行って下さい」
手に持った小袋を沖田の前に差出し、松本は複雑な笑顔を見せる。
「あっはははは!何故そんな顔するんですか?
やめてくださいよらしくないな〜!それよりこの薬、おいくらですか?」
「いやいやいいんですよ沖田さん!」
「?」
引き出しから銭袋を出そうとする沖田を慌てて制止する松本に沖田は目を丸くした。
「それは差し上げます。
その変わり、帰ってきてください。貴方はまだ私の患者なんですから」
松本は沖田の手を両手でしっかりと握った。
「ふふ。わかりました。
必ず帰ってきます」
松本の手の上から沖田の大きな左手が重なった。