幕末異聞―弐―
「いや!てき(全く)その通りやき青年!!」
パンパンと手の平同士がぶつかり合う乾いた音を立てながら西郷と青年に声をかける男が現れた。
「?」
「おお!あんたは船の!!」
へらへらと気の抜けた笑顔で近づいて来た男に警戒する青年とは逆に、西郷の表情は明るいものであった。
「いんや~!!しょうまっこと久しぶりやき西郷さん!」
「坂本さん!」
ひどく癖のある髪。薄汚れた着物。
そしてなぜか見るものを惹き付ける空気。
それは間違いなく、西郷が春に船で出会った坂本龍馬その人だった。
「…西郷どん、お知り合いですか?」
久々の再会に硬い握手を交わす西郷と坂本。
青年は見るからに怪しい坂本を上から下までじろじろと見回す。
「そうそう!そこの青年!おまんは何も間違っとらん」
「は?」
「さ…坂本さん」
西郷の手を離し、青年の両肩を強く掴んだ坂本に、掴まれた当人は驚き、体を強ばらせた。
「西郷さん、ちっくとお時間頂けやーせんか?」
――貴方にしかお話こたわんことなきす(できないことなんです)
目を合わさず、西郷の耳元でそれだけを告げると、坂本は人の間を縫うようにして歩き出した。
まるで付いて来いと言っているような猫背気味の坂本の背中を追って西郷の足は自然と動いていた。