幕末異聞―弐―
「土佐藩も、幕府に目をつけられてるちゆう噂を聞いとりますが、大丈夫なんやいや?」

「あー。なんちゃーがやない!ほがながざんじ(すぐ)にどうこうなる話がやないろー!それより今はおまさんの抱えちゅう問題のほうがよばあ重大じゃ」

「…もう、大方の察しがついてるんやいな?」

「合っちゅうかは解らきすけど」

坂本と西郷は、傾きかけた日を遮りながら、烏丸通を南に下っていた。どうやら、坂本は何か目的に向かって歩いているらしく、全く迷いなく西郷を先導し続ける。
西郷は一体何処へ連れていかれるのかという不安から、道の両脇を埋め尽くす商店やすれ違う人々を忙しなく観察していた。

(…こげん平和な町が明日にでも破壊されてしまうかもしれんなんて考えたくない)

大人の腰くらいの背丈をした数人の子どもを目で追いながら複雑な心境になる西郷。彼の目には、子ども達の笑顔がやたらと眩しく映っていた。



「薩摩藩は、また幕府の命令を受け入れるがか?」

不意に坂本の声が自分に向けて発っせられたのに気が付き、西郷は二重の目をしばたかせた。

「あ…ああ。先ほどの会議でそう決まりもした」

「それでええがか?西郷さんは」


「…言わんで下さい」


全てを坂本に感付かれていることを悟った西郷は、せめてもの抵抗として、答えを明確には示さない。

「帝を尊び今の日本を守ろうとする攘夷の思想を持ちながら、帝に隠居させて独裁同様に日本を動かす幕府に従う…か」

「…」

坂本は黙りこくってしまった西郷をちらりと見る。


「西郷さん。幕府と反幕府、一つだけ共通点があるのをご存知か?」

「共通点?」


自分の質問に答えられない様子の西郷を見て、坂本はにやりと笑った。




「尊王じゃ」



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