幕末異聞―弐―

「まあ、詳しい事は中で話しましょう」


目をうろつかせて明らかに動揺している西郷の腕を引き、坂本は行灯に光を灯した町屋造りの家屋の木戸を叩いた。


――伏見・宿場『寺田屋』

それがこの家屋の屋号であった。


「ようこそおいでやす。当宿の女将、お登勢と申します。どうぞよろしゅう」

木戸の向こうには、白髪混じりの女夫髷を結った中年女性が正座していた。

「坂本はん。お龍(りょう)ちゃんがお部屋でお待ちどす」

京都特有の流れるような言葉遣いでお登勢は坂本と西郷に笑いかける。

「おお!お龍がわしを待っとる!!」

大急ぎで草履を玄関に脱ぎ捨て、喜声を上げる坂本。西郷も坂本に吊られるようにして後を追う。

「さ…坂本さん!?」

「お龍ーー!!」

さっきの真剣な声とは百八十度違う間の抜けた声で叫ぶ坂本に、西郷は呆気に取られていた。
そんな西郷の事などお構いなしに坂本は、子どものように階段を駆け上がり、二階の廊下をドタドタと走る。

三つ並んでいる部屋のうち、階段から一番遠い角部屋。坂本はそこで急停止した。

――バシッ!

両開きの襖が見事に真っ二つに裂かれる。同時に、部屋の中からは行灯の柔らかい光が一気に廊下に漏れ、遅れをとった西郷を導いた。



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