幕末異聞―弐―
「…そりゃきっとおんしやわしと同じで、みんな守りたいモノがあるからじゃ」
――誰が悪いわけじゃない
そう言って口を閉じた坂本の姿は、自らの言葉を噛み締めているように西郷の目には映った。
おそらく、彼もたくさんのモノを犠牲にしてここまで来たのだろう。
ほんの少ししか時間を共有していない西郷にも、坂本の歩んできた苦難の道が容易に想像できた。
暫らくの沈黙を経て、窓から目を離した坂本。改めて西郷に向き直った坂本の顔は、揺らめく行灯の光の中で怪しい笑顔を浮かべていた。
「西郷さん。今の薩摩藩が佐幕派でも倒幕派でもない立場に立つことができる唯一の方法がある」
「は?」
立てた右の人差し指を曲げ伸ばししながら坂本は十分に間を取った。
「道中言った佐幕と倒幕の共通点!日本の根本的な思想とも言える。帝の護衛に全力を尽くせばええが!」
「護衛…」
話が見えていないのか、いまいち反応の薄い西郷。しかし、坂本はそんなことお構いなしに早口で喋り始めた。
「“尊王”は佐幕・倒幕関係なく共通の理念。つまり、帝を守るというのは中立な立場だと言えるじゃろ!?
わしは薩摩藩ほどの大組織が中立な立場を築けたら、日本は大きく変わるとわしは思う!」
ザッと坂本の活気に合わせたように強い向かい風が西郷を打つ。
「つまり…御所の護衛を薩摩が全面的に引き受けると?」
あまりにも突飛な坂本の提案に、つい鼻で笑ってしまった西郷。だが、坂本は相変わらず真剣な眼差しで目をあわせている。
「その通り!!薩摩にはそれくらい我儘言う権力があるじゃろ?」
坂本はパチンと指を鳴らして格好つけて笑った。