幕末異聞―弐―
「…あぁっ!!」
急に立ち止まり、今まで聞いたこともない沖田の大きな声は周りの隊士たちの体を跳ね上がらせた。
「な…何だ総司!?」
思わず先頭を進んでいた馬上の近藤も声を裏返らせた。近藤と平行して歩いていた土方も何事かと沖田を睨む。
「あ…いや、あはは!ちょっと気が付いたことがありまして…」
沖田は隊士たちの目が自分に向けられていることに焦りながら愛想笑いを浮かべた。
「なんだよ!?気になるから言え!」
せっかちな土方が沖田の曖昧な態度に早くも痺れを切らし、怒鳴った。
「嫌だな〜土方さん。そんなに怒らないでくださいよ。ただ楓の姿が見えないことに驚いただけです。
それで?何故あの人はいないんですか?」
沖田の言葉に密かにはっとする隊士、今更何を言っているのだと苦笑いする隊士。反応は様々であったが、赤城楓がいない理由については全ての隊士が興味を示していた。沖田以下、多くの隊士から熱い視線を送られ、土方は一歩後ろに退く。
「…あ、あれだ!今朝腹壊して廁から出れねぇなんてしょうもねぇ事言いやがったから、仕方なく置いてきた」
(((…嘘つくにしても、もっとまともな理由を思いつかなかったのだろうか?)))
沖田を含める新撰組隊士たちの視線は、一斉に温度を下げた。
「だははは!!あの楓がまさか腹壊して出陣できないなんて傑作だぜ!」
冷気を帯びた空気が隊を包む中、突然、腹を抱えて笑いだす者が現れた。
「…約一名、生粋の馬鹿がいるわ」
周りの空気など気にせず笑い続ける男の隣を歩いているのは永倉新八。額に手を当て呆れかえっている。