幕末異聞―弐―


「なんて無茶な事をするんだ!」


ダンッ!と拳を畳に叩きつけたのは、長州藩の中でも穏健派と呼ばれる桂小五郎であった。

伏見の旅館で会合行っていた矢先に飛び込んできた過激派の無謀な進撃の知らせ。皮肉な事に、会合の議題は過激派をどう鎮静化させようかというものだった。

いつもは穏やかな桂が珍しく怒りを顕にしたことに、周りの長州穏健派藩士たちは戸惑った。

「桂殿、こうなってしまったからにはもう我々に為す術はありません」

「そうです!奴らのせいで、我々の身も危うくなってしまった。ここは一先ず速やかに京を離れるのが賢明でしょう」

口々に意見を述べる藩士たちを、桂は睨みつけ、畳を踏み付ける様にして立ち上がった。

「貴様らそれでも長州の志士か!?
過激派だの穏健派だのと言う前に、同じ郷の仲間だろう!何故自らの保身だけを考えるのだ!?」

濁声混じりに怒鳴る桂に、身を硬くする藩士たち。

「し…しかし、ここで我らも死んでしまっては元も子もありません」

一人の藩士が勇気を振り絞って桂の意見に異を唱えた。桂以外の藩士たちは、その意見に首を大きく縦に動かす。


「…確かに、貴方の言っていることは正しい」

目を閉じてぽつりと呟いた桂に、周りは、やっと正気を取り戻したかと言わんばかりの安堵の表情を見せる。

桂の瞼が再び上がった瞬間、彼は何を思ったか、旅館の出入り口へ通じる襖を勢い良く開いた。

「では、貴方たちは早急に京を離れてください。俺は過激派の幹部と話しをしに行きます」

言い終わるか終わらないかの内に、桂は旅館の玄関に向かって走りだした。

「か…桂殿!!?」

桂の予想外の行動に、藩士たちは慌てて後を追おうと、立ち上がる。


次の瞬間であった。



――ドーーン…




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