幕末異聞―弐―


ザッ…


体が触れ合うくらい近づかなくては聞こえないであろう小さな音だが、やたらと耳に残る不愉快な音だった。


「ぬっ…ぁ!!久坂…貴…様っ!」

聞き苦しい声で唸る来島が、久坂の着物を縋るように掴んでいる。

「貴様あぁぁ!!謀ったな?!」

憎しみに満ちた来島の目は血走り、瞳が小刻みに揺れていた。炎から逃れてきた町人の悲痛な声が徐々に二人に接近する中、久坂は俯いて肩を小刻みに上下させていた。

「来島。すまない…」


「久坂あぁぁぁぁ!!うっ…」


来島は何か言おうと腹に力を入れたが、激痛に襲われて叶わなかった。あまりの痛さに、腹を押さえていたもう片方の手も久坂の着物に引っ掛ける。掴まれた久坂の白い着物はみるみる鮮やかな赤色に染まっていった。

「もう手遅れだと自分でも解っている。だが、俺は…俺は友としてお前を止めなくてはならない」

不自然に歪んでしまいそうな声を必死で押さえ込み、背を丸めて痛みに耐える来島の腹部にそっと手を持っていった。


――ズル…


「ぐうっ!!ああぁ…」


来島の嗚咽と共に腹から現れたのは、血濡れの小刀。久坂は右手に持ったそれを血振りもせず、懐から取り出した朱塗りの鞘に収めた。カチンと完全に刃が鞘の中に納まると、支えを失ったように来島の体は傾き、砂埃を立てて地に倒れこんだ。脇腹からは、恰好の出口を得た鮮血が乾いた地面に染み込んでいく。



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