幕末異聞―弐―
気が付けば、町を追われた人々が久坂と力なく横たわる来島を避けながら嵐山に向かって歩いている。
(彼らの家を奪い、大事な者を奪ったのは我ら…)
血を流している者を見ても手を差し伸べる者や、顔を青ざめさせる者などいない。皆それだけ自分の事でせいいっぱいなのだ。
一団が通り過ぎるのを虚ろな目で見送った久坂は、思い立ったように来島の遺体を仰向けに寝かし直した。魂が抜けても尚、体内から流れ出る血に己の手を染めながら、胸の上で来島の手を組ませる。
「終わらせよう」
自分に向けた言葉なのか、来島に投げかけたものなのか。どちらとも判断し兼ねるくらい小さな声で呟いた久坂は、未だ左手に持ったままの小刀を強く握り締めた。
「この過ち、我が命を持って償わん」
これが誰にも聞かれる事のない久坂の生涯最後の言葉だった。
この世に生れ落ちてから今までの事を思い返しているのか。
久坂は時間をかけ、瞼を閉じた来島の命を奪った刃を己の腹に突き刺した。
――久坂玄瑞 自害 享年二十五歳
――木島又兵衛 殺害 享年四十七歳