幕末異聞―弐―
近藤はそっと長持ちの蓋に手をかけようとした瞬間、
――バシッ!!
「…ッ!!」
近藤の手に痛みが走った。
慌てて手を引き、幾松を見ると、三味線のバチを振り上げていた。
近藤の手を襲ったのは幾松のバチだったのだ。
「き…貴様っ!!「ええ加減にしておくれやす!」
近藤が怒鳴るより先に、凛とした通る声で幾松は怒りを露にする。
「壬生狼はん。お役目とはいえ、屋敷をこれほどまでに改めて、私に恥をかかせた上、もし!この長持にどなたもいないとあれば、責任とって今この場で切腹してくれはりますか?」
「「…」」
近藤も沖田も幾松のこの気丈さに驚いている。
「その覚悟がおありどしたら、どうぞ改めておくれやす」
幾松は何事もなかったように再び三味線を弾き始めた。
沖田は近藤に目線で、どうするか?と指示を煽る。
近藤は、鼻の頭に皺を寄せ、目を瞑った後、
「…騒がせてすまなかった」
と言って部屋を出て行った。
残された沖田は、幾松に向けて敵意のない笑顔を見せた。
「くすくす。貴女みたいに強い女性は最近増えているんですかね?」
「?」
沖田の意味不明な質問に幾松は首を傾げる。
「いやね、私の近くにも貴女みたいに気丈な女性がいるんですよ。
まぁ、性格はもっと猪みたいに獰猛なんですけどね!」
「ふん。男がだらしないと、女は強くなるもんどす」
拗ねたような物言いをする幾松に対し、沖田は頭を掻いて困ったように笑った。
「あはは!厳しいなぁ」
そう言って、抜き身だった刀を鞘に戻す沖田。
「では、お騒がせしました」
「もう二度と来んでおくれやす」
幾松は最後まで強気の姿勢を崩さず、横目で沖田を見送った。