幕末異聞―弐―
「よっこらせ」
永倉が沖田の不自然な竹刀の動きに気を取られている間に、楓はふらりと立ち上がった。
「くそ。止まらん」
鼻から流れる血は勢いを失いつつあるが、動いたらまたすぐに出てくるだろう。
「おい!総「折れるほど強くは打ってません。いつか止まりますよ」
二人を止めようとする永倉の言葉を遮って、沖田は上段に竹刀を構え臨戦態勢に入る。
入ってくるな。と沖田の目が永倉に訴えていた。
(何を考えている?)
沖田のおかしな行動はすでに永倉の考えが及ぶ範疇を超えている。だが、ここまで強く目で訴えてくるというのは、何か考えがあってのことなのだろう。
(それにしても、少しやり過ぎだ…)
そう思いながらも、永倉は目の前の二人を注意深く見守る事にした。
「骨折れてたら折り返したるからな?」
ぐいっと強く鼻の下を拭き、楓は両手で持った竹刀を正眼に構える。
――カシッ!
再び二本の竹刀が空を切り裂いた。ここからはどちらか一方、あるいは両者が床に崩れ落ちるまで誰にも止められない。
「…赤城が圧されてる」
一人の隊士が呟く。他の隊士たちも、信じられないといった様子で小刻みに頭を縦に振った。
――パシッ!カン!
という小気味よい音とは裏腹に、楓は誰が見てもわかるくらいに防戦一方となっていた。
――カッ!!
「…ぬっ」
「らしくないじゃないですか?貴方が守りに徹するなんて」
激しい打ち合いの後、鍔迫り合いとなり竹刀がガシガシと唸る。
「あんたこそらしくないやないか。一発で仕留められる所をわざと軽めに打つなんて」
竹刀を持つ楓の右小手には、紫の斑点を伴った痣が出来始めていた。痣は小手だけではなく、腕や脛にも出来ていた。避け切れなかった沖田の剣技が、楓の体を序々に弱らせていく。