幕末異聞―弐―


「よっこらせ」

永倉が沖田の不自然な竹刀の動きに気を取られている間に、楓はふらりと立ち上がった。

「くそ。止まらん」

鼻から流れる血は勢いを失いつつあるが、動いたらまたすぐに出てくるだろう。

「おい!総「折れるほど強くは打ってません。いつか止まりますよ」

二人を止めようとする永倉の言葉を遮って、沖田は上段に竹刀を構え臨戦態勢に入る。
入ってくるな。と沖田の目が永倉に訴えていた。

(何を考えている?)

沖田のおかしな行動はすでに永倉の考えが及ぶ範疇を超えている。だが、ここまで強く目で訴えてくるというのは、何か考えがあってのことなのだろう。

(それにしても、少しやり過ぎだ…)


そう思いながらも、永倉は目の前の二人を注意深く見守る事にした。


「骨折れてたら折り返したるからな?」

ぐいっと強く鼻の下を拭き、楓は両手で持った竹刀を正眼に構える。


――カシッ!


再び二本の竹刀が空を切り裂いた。ここからはどちらか一方、あるいは両者が床に崩れ落ちるまで誰にも止められない。


「…赤城が圧されてる」


一人の隊士が呟く。他の隊士たちも、信じられないといった様子で小刻みに頭を縦に振った。


――パシッ!カン!


という小気味よい音とは裏腹に、楓は誰が見てもわかるくらいに防戦一方となっていた。


――カッ!!


「…ぬっ」

「らしくないじゃないですか?貴方が守りに徹するなんて」

激しい打ち合いの後、鍔迫り合いとなり竹刀がガシガシと唸る。

「あんたこそらしくないやないか。一発で仕留められる所をわざと軽めに打つなんて」

竹刀を持つ楓の右小手には、紫の斑点を伴った痣が出来始めていた。痣は小手だけではなく、腕や脛にも出来ていた。避け切れなかった沖田の剣技が、楓の体を序々に弱らせていく。




< 315 / 349 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop