幕末異聞―弐―
「ふ…ふふ。あんまり骨がないので、ちょっと遊ばせてもらいました」
「殺す」
――パン!
競り負けていた楓が一瞬の剛力で沖田を押し返し、後ろに飛び退く。
「!!?」
飛び退いたその足で床を蹴り、反動の力を借りて沖田目掛けて瞬速の突きを放つ。
流石の沖田も、楓の超人並みの身体能力に一歩遅れをとった。急に反発する力を失った沖田の体は、僅かに揺らいだ。
「…っ!」
楓の竹刀はもう目前に迫っている。こんな馬鹿みたいに鋭い突きをまともに食らったら、あばらどころか、体の前後を貫通し兼ねない。
ザワリと沖田の全身に生理的な鳥肌が立つ。
(ここで負けるわけにはいかない)
「死ねえぇぇぇ!!」
(絶対に負けられない!!)
――ドッ…
「はぁ…はぁ……」
聞こえるのは一人分の荒い息。一瞬の出来事に、皆言葉を失いただ目を見開いていた。
「……うっ」
嗚咽を漏らす人物に、息を荒げた者は薄く笑った。
「はっ…はっ…言ったでしょう?」
――貴方は私に絶対に勝てない
勝ったはずなのに影を落とす笑みが何を物語っているのかはどうでもよかった。
重要なのは、今この瞬間、一番嫌いな人物の前で這い蹲っていること。
この日、赤城楓は初めての敗北の味を味わった。