幕末異聞―弐―
その様子を座敷の格子窓から伺う者があった。
「もう出て来てええですよ」
窓から視線を外すことなく、誰もいない部屋に声をかける。
――ガタガタガタ…バンッ!!
「い…いいいい幾松ぅぅ!!」
何かを激しく揺らす音と共に叫び声を上げたのは幾松によって長持に押し込められた男。
「お…お前よくぞ無事で!!怪我はないか?!」
男は長持から飛び出し、窓の出っ張りに腰掛ける幾松の両腕を掴んだ。
「芸妓に気安く触るのは下衆な男がすることどす!」
幾松は、男に甘えるわけでもなく、逆に手をパシッ!と思いっきり払い除ける。その態度は、生身で刀と渡り合ったとは思えないほど平静を保っていた。
「そうか…すまん。でも怪我はないんだな?!」
「ありまへん」
叩かれた手を摩りながら男は寂しそうに幾松の全身を見回す。
「壬生狼はもう帰りました。これからどうするんどすか?」
「うむ。壬生狼は意外と鼻がいいからな…。
よし!やつらに勘づかれる前に、俺はこれから急いで藩邸に向かい、色々準備をする」
男は刀と脇差しを腰帯に通し、部屋の出口へと向かった。
「準備?」
幾松も男を見送るため、腰を上げ、出口に向かう。
「ああ。明日、予定通りに事が運んでいれば、昔長州で同士だった吉田稔麿が入京してくるはずなんだ。最近、壬生狼が頻繁にウロついているから、迎えに出ようと思ってな!」
「…迎えって。追いかけられてるあんたが?!」
「そうだ!!」
男は丸くつぶらな目を輝かせながら自分を指差す。