幕末異聞―弐―
「流石に、宮部殿の要望通りに集めるのは苦労しましたが、これで集められなくては枡屋の名に恥じると思いましてね。やっとこさ集めたんですよ!」
得意そうに鼻の下を指で擦りながら喜右衛門は奥間の更に奥の小部屋に入っていく。
小部屋は、大人が三人やっと座れるくらいの大きさで、畳が敷き詰められているだけの殺風景なものであった。
喜右衛門は、ある一枚の畳をおもむろに剥がし始めた。
「そうか。やはり諸藩御用達という肩書きは伊達ではなかったのだな」
上機嫌そうに宮部は剥がした畳の下を覗き込む。畳の下はこげ茶色の床になっていた。
そして、喜右衛門はこの床にも手を掛け、井戸の蓋を開けるように床を持ち上げる。
「見てください!!」
床を外した事により、座布団くらいの大きさの穴がぽっかりと開いた。
その中には、麻やボロ布で覆われた物が入れられている。喜右衛門が自慢気に布をめくっていく。
「どうですか!?火薬、鉄砲、槍、弾。全て注文された以上の数をご用意しました」
「ほぉ。枡屋よ。いい仕事をしたな!」
地中深く掘られた日の当たらない穴の中には、個人では入手困難な銃や弾薬が折り重なるようにして収められていた。
「これで例の計画、うまくいきそうですな先生!!」
宮部は高揚した気持ちを抑えきれず、無意識に声が大きくなっている。
一方の吉田は、冷静な態度を微塵も崩さず、立ったまま穴の中を睨む。
「ええ。後はお天道様の気分次第というところですね。喜右衛門さん」
「へ…へい!!」
「ご苦労様でした。貴方は新政権発足に貢献した最高の商人となるでしょう」
吉田はここで初めて微笑んで見せた。
「吉田先生!!この枡屋喜右衛門!生涯貴方に付いて行きます!!」
喜右衛門は吉田に向けて何度も何度もお辞儀をし、忠誠を誓った。
「頼りにしてます。では、我々は行くところがありますのでこれで」
吉田と宮部は、喜右衛門に会釈をし、店から出て行った。
遠ざかる吉田の後姿を見えなくなるまで見送る喜右衛門の表情には、期待と希望が滲んでいた。