幕末異聞―弐―
壬生を出た時には頭上高い位置にあった太陽も、気が付けば東に傾き始めていた。
通り過ぎる町々の店では、もう店じまいの準備に取り掛かっている所もある。
そんな中、夜を商いの場としている町では、料理人の格好をした男たちが慌しく動き回っていた。
「ここって…祇園ですよね?」
「はい」
「ですよね」
決して会話とは言わないやり取りを続けながら、二人は祇園の大通りを進んでいく。
店が隙間なく並ぶ大通りも終わりに差し掛かった頃、不意に山崎の足が止まる。
彼の目の前には戸口とまだ火を入れてない掛け堤燈があった。
沖田は目を凝らしてどうにか掛け堤燈に書いてある文字を読もうと試みる。
「…旅籠…輪島屋?こんな所ありましたっけ?」
「少なくとも我々が結成される前からはありましたよ。さ、どうぞ」
山崎は店の外観を落ち着きなく観察している沖田を中に招く。
店内は至って質素な造りになっており、広々とした廊下には少し茶ばんだ襖が一定の間隔でずらりと並んでいる。玄関の目と鼻の先には急角度の階段があり、二階建てになっているようだ。
沖田がキョロキョロと内部を見ていると、玄関の右側にある番台のような場所に小さな老婆が座っていた。
(置物かと思った)
「沖田さん。こちらです」
沖田が声の方向に顔を向けた時には、山崎は老婆を素通りし、薄暗い階段を上がりかけた状態。
「え?!山崎さん?!!え〜……。あの、お邪魔しま〜す」
申し訳なさそうに老婆に一言断りを入れて沖田も階段を上がる。
手すりを伝いながら二階へ上っていくと、やはり一階と同じような構造になっていた。
先を行く山崎は後から階段を上ってきた沖田を角の部屋へ案内する。