幕末異聞―弐―
――四月二十八日
「わははは!中々筋のいい舞を舞うではないか!!」
(必死の思いで踊ったんやから当たり前やろボケが!!)
「おおきに。ささ、枡屋はん、お酒をお注ぎします」
氷雨太夫、もとい楓は、いつもは刀を握っている手で枡屋にお酌をする。
通常では絶対に見れない光景だ。
「何だ!近くで見ると益々美しいな。もっと顔をよく見せてくれ」
丁度俯き加減で一番色っぽい角度の楓の顔を枡屋はにやけながら凝視する。
「まあ!そんなに近こ寄られたら恥ずかしいわぁ」
着物の袖で紅を差した口元をすっと隠す楓の女らしい姿に、枡屋の目は釘付けになった。
「そう言わずこっちへ来い!間違っても太夫に手を出すなんて事はせん」
(懐刀で斬ってやろうか?!)
身を乗り出して手招きをする枡屋に段々機嫌を悪くする楓。額には今にも青筋が浮かびそうである。
「いけまへん。女は少し離れて見るくらいが丁度ええんどす」
「ふはは!粋なことをいう女だな!気に入った!!おい女将」
「はいはい」
「大変良い品だったぞ」
(きたっ!!)
楓は気づかれないように密かに腹黒い笑みを浮かべる。
「おおきにありがとうございますぅ」
料亭の女将は仕事用の笑顔で何度も頭を下げた。
枡屋の言葉は、これからも氷雨太夫を指名するという遠まわしの合図だったのだ。ということは、今日の楓の任務は十分達成されたということになる。
(うちが本気出したらこんなもんやボケ土方!!)
屯所で仕事に追われているであろう土方の姿を想像して嘲笑う楓。
(こうなったらあいつが何も言えんほどええ仕事したるわ!)
「枡屋はんもう一杯いかがどすか?」
この時の楓の笑顔は、彼女を知っている者が見れば、何かを企んでいると一目瞭然の顔だった。