幕末異聞―弐―
――五月二日
「馬子にも衣装とは正にこの事ですね」
「ふむ。どうやら本当に女子であったようだな」
窓から見える楓の姿を目で追いながら二人の男は関心していた。
「舞もそこそこ出来る。ホンマ何もんやねんあいつ」
腕を組んで向かいの料亭『柏木』を覗き込むのは監察・山崎。
「さぁ。見方につけると便利。という事だけは確かです」
山崎の隣で窓枠に肘をつき、頬杖をついて枡屋を観察している三番隊組長・齋藤は眠そうに答える。
楓が氷雨太夫として枡屋に接近して以来、齋藤と山崎は秘密裏に『柏木』の向かいに建つ旅籠で二人の様子を監視していた。
「人一倍人間が嫌いなのによう引き受けたなぁ」
「新撰組隊士である以上、上司の命令は絶対ですからね」
「そのくらいは猪でも解ったっちゅうことか」
楓に聞こえていないのをいい事に、山崎の毒舌は止まらない。
「もう三回目の指名ですからそろそろ何か聞き出せてもええ頃だと思うんですが…」
「そうですね。まだ喜右衛門という本名か否かも知れない名前しか聞けてませんからね」
二人は喜右衛門に注目する。
「自分、枡屋に行ってみたんですけど、特に怪しいところは無かったように思います」
山崎は眉間に深い縦皺を刻んで唸る。
監察方は土方の命令を受けて以来、四方八方に散らばって長州の動きと吉田稔麿のことを探り回ってはいるが、未だにどこからも有力な情報を得ていない。
唯一黒の疑いがあるのは、山崎と齋藤が張っているこの枡屋喜右衛門だけなのだ。
そう考えると、やはり焦りが出てしまう。
山崎は、無意識のうちに人差し指をトントンと規則正しく畳に打ち付けていた。
「まぁ、我々が焦ったところで何も出来ません。今は彼女に任せましょう」
若干二十歳とは思えないほどの落ち着いた口ぶりに山崎は自分が焦っている事に気がつく。
齋藤は、監察方の成果が上がっていないことを山崎の行動で読み取ったのだ。
この洞察力には山崎も目を見開いて驚いた。
「はは。せやな。癪に障るが、今回は猪女に任せよ」
額に手を当てて自嘲気味に笑う山崎。
窓の向こうには、楓と喜右衛門が談笑している姿が見えた。