幕末異聞―弐―
八章:正義
清水寺に向かって伸びる茶碗坂を二人の男が登っていく。
坂の両側には、いくつもの店が軒を連ねている。
男のうちの一人が、興奮した様子で両手を横いっぱいに広げ、駆け足で坂を上がり始めた。
「おっ!見えたぜよ!!清水寺じゃ!」
男は坂の中腹辺りで立ち止まり、両足を大きく広げて大きく叫んだ。男の頭上斜め前には、五月の深緑に包まれた清水寺が堂々と建っている。
「もうここまで来れば迷子になることもなかでしょ?」
走っていってしまった男を早足で追いかけていた男が追いつくなり声を掛けた。
「おぉ!これでもう安心じゃ!!西郷さんのお陰でやっとここまで来れたがよ。ほんに感謝しちょる」
「いやいや、例には及ばん。楽しい船旅だった」
「わしはこれから洛中で会う人がいるちーそっちへ向かうが、西郷さん、これからどうするがか?」
「おいはこれから薩摩の藩邸に向かう。
どうやらここでお別れのようですな」
西郷と呼ばれた中肉中背の男が前を行く男に手を差し出した。
「坂本どん、またいつか会いましょう」
四角い顔に付いた小さな口を顔一杯に広げて笑顔を作る西郷。
「もちろんじゃ!今度会ったときゃ、わしがうまかもん食わしちゃるきに!」
坂本は差し出された西郷の手を両手でがっちり掴んで何度も何度も上下に振った。
西郷は茶碗坂を下る。
坂本は茶碗坂を登る。
こうして、偶然船で出会って偶然旅を共にした男たちは自分の進むべき道を歩き出した。