幕末異聞―弐―
同じ頃、清水寺に程近い二年坂の石段で待ち合わせをする者があった。
――ザッ…ザッ…ザッ
多くの人が坂を往来する中、草履の地面を摩る音が編み笠を目深に被った男の前で止まる。
「久しぶりだな」
「ああ。本当に」
編み笠を目深に被った男からは声を掛けてきた人物の足しか確認することができない。
しかし、男は声の主が誰だか顔を見なくても判別できる自信があった。
「桂小五郎。この名前を口にするのは何時振りだったかな」
被っていた編み笠の顎紐を解きながら、落ち着き払った口調で男の名を呼ぶ。
「くくく。俺だってお前に名を呼ばれる日が再び来ようとは思ってもいなかった。吉田稔麿よ」
奥二重の丸い目を活き活きと輝かせながら桂は編み笠から現れた吉田の目を見つめる。
「では、行こうか。近頃、壬生狼が何か嗅ぎ回っているようだ」
「うむ」
再会の余韻に浸ることも無く、周りに警戒しながら二人は二年坂を後にし、目的地へと急いだ。
既に日は落ちかけている。
二人は背後に伸びた影を引きずりながら、京都の夜の町、三本木へと向かっていた。
「三本木には馴染みの店がある。決して壬生狼に情報を売ったりしないから安心しろ」
「それは助かる」
寡黙な吉田は、桂の言葉に頷いて一言返事をするだけだった。
「お前、ここ十年近く馴染みの奴に会ったか?」
暫しの気まずい沈黙の後、桂は何か共通の話題を見つけようと、質問を投げかける。