幕末異聞―弐―
「四月の終わりに先生の墓参りをした時、晋作に会った」
「そうか!あいつ元気にしてたか?」
「…うん」
萩で高杉に会った時の出来事を頭の中で整理してみた吉田は、結論からいえば元気だったということで、その時の会話などはすべて省いて一つ肯定の返事をするだけに留まった。
桂は、昔と変わらない吉田の独特のリズムについ嬉しくなってしまい、くすくすと声を押し殺して笑う。
「どうした?」
桂の笑っている理由がわからず、不思議そうにしている吉田。
一時、故郷の友人に気を緩めた桂だったが、自らの言葉で再び気を引き締めた。
「噂によると、晋作は“奇兵隊”という、倒幕思想を掲げた者の集団を結成したようだ」
「そうらしいな。何でも、身分に関係なく募集したとかで奴もかなり苦労していると聞いた」
「そうか。あの短気で奔放な男が一隊の主導者とはな。お!着いたぞ」
月が太陽に照らされ、姿を現し始めた頃、橙色に光る掛堤燈の道を歩いていた二人の足が一軒の料亭の前で止まる。
火を入れられた堤燈には『吉田屋』と刻まれている。
――ガラガラ…
桂が店の扉を開けると、目の前には初老の男が正座をしていた。
「桂殿、毎度御贔屓にありがとうございますぅ。ささ、中へどうぞ」
人のよさそうな笑顔で桂と吉田を店内に案内する男。
男は迷わず二階の奥の間へ二人を導く。
「いつものお部屋でよろしおすか?」
「ああ。主人、幾松は…」
「もちろん、お部屋で待たせておりますよ」
桂の問いに店の主人は当然だというように自信を持って答え、奥の間の襖を開けた。