幕末異聞―弐―
「お待ちしておりました。今夜もどうぞお楽しみになっておくれやす」
桂と吉田が部屋に入るなり、島田髷に煌びやかな簪を挿した女が部屋の中央で正座し、頭を垂れて挨拶をした。
「おお!!幾松!会いたかった「あら、そちらのお方が吉田はんどすか?」
走りよって抱擁をしようとした桂をあっさり避け、幾松は部屋の入り口に立つ吉田に笑顔を向ける。
「いかにも。俺は長州藩士・吉田稔麿だ。お初にお目にかかる」
吉田は桂とは比較できないほど武士らしい節度を持った挨拶を幾松にした。
「まぁ。男前なお方どすな」
幾松は吉田の顔を見上げながら自分の頬に手を添え、顔を桜色に染める。
「幾松〜…。俺には一度たりとも男前なんて言ってくれたことがないじゃないか!!」
「これからも言うつもりはありまへん!」
フンっと桂に背を向けたまま言い切る幾松。
それを聞いた桂は本当に落ち込んだように眉を八の字に寄せ、ガクっと膝から崩れ落ちた。
「吉田はん、何か飲まれます?」
そんな桂には全く興味がないといった様子で、幾松は料理の膳に吉田を誘導する。
「いや、俺は食前酒だけで結構」
膳の前に着座すると、吉田は空かさず幾松の持っている徳利を手で制した。
「俺は「あんたは飲むんでしょ。はよお猪口を出しておくれやす!」
幾松に言われるままに桂の座った膳に置いてあったお猪口を差し出す。
「では、とりあえず再会を祝って乾杯でもしようじゃないか」
桂は、幾松に注いでもらった酒が入っているお猪口を置き、食前酒のお猪口を手にし、対面して座っている吉田の前に掲げた。
「そうだな」
吉田もお猪口を桂の器の前に差し出した。
「「乾杯」」
こうして再び向き合いながら酒を飲めることを仏に感謝しつつ二人は一口でお猪口の中の酒を飲み干す。
幾松は二人の邪魔にならぬよう、部屋の隅で得意の三味線の音を奏で始める。