幕末異聞―弐―
「確かにそうだったかもしれない。だが、お前も知っているだろう?!
今までの幕府との争いで同士がどれだけ死んでいったか!!
長州藩士であるお前ならこの悲しみ、身にしみて解るはずだッ!」

バンっと桂は目の前の膳を拳で打つ。その衝撃で、お猪口が倒れ、中の酒が流れ出た。

まるで、桂の思いを反映するように、酒は止め処なく流れ出る。

「そんな事は解っている!!
しかし、もしも争うことをせずに新しい世を築けたとして、志半ばで死んで逝った仲間達の魂はどうなる?!!」

吉田は声を荒げて桂に問いただす。


「俺だって大勢の仲間を失った!敵を討とうというお前の気持ちも理解できる!!
しかし、そんな憎しみの連鎖を繰り返していたら、この世から争いがなくなる日なんて来るはずがない!!」

「ではお前は、あの虐殺を…松陰先生を殺した身勝手な幕府を許せるというのか?!!」

「そうじゃない!!だが冷静に考えろ!
戦争で最も被害を被るのは誰か!」


吉田の瞳孔が僅かながら開いた。
桂の言葉に強く動揺したのだ。
そのまま反論することなく、全ての動きを止める。

桂は、少し興奮の醒めた吉田を確認すると、長い溜息をついて話を続ける。


「庶民だ。もちろん、戦争によって未来を担う子どもたちも多く犠牲になるだろう。
お前は良き未来を紡ぐために改革をしようとしているのではないのか?
死んだ人間はもう戻っては来ない。今お前のやろうとしている改革は死んだ人間のためのものだ!
過去を振り返るなとは言わん。恨みを捨てろとは言わん。ただ、未来をもう少し考えて欲しいんだ」


「…桂はん」


沈痛な面持ちで懸命に自分の言い分をどうにか理解してもらおうと努力する桂。
吉田は眉を顰めて目を伏せた。



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