幕末異聞―弐―
「何ちゃっかり隣に座っとんねん?!」
楓が憂鬱な気分に浸っている間に、坂本は楓の座っている長椅子の隣に陣取って店員に何か注文していた。
「あーあー、そんな怖い顔してたら折角の別嬪だ台無しじゃき!」
「余計なお世話やモジャボロ」
「も…モジャボロって!!確かに長旅で風呂には久しく入ってないが…その呼び方はあんまりじゃろう?!」
「汚いわ!!茶なんか啜ってないで風呂入れや!」
楓は坂本の衝撃的な告白と、それを裏付けるようなボロボロの着物とフケの出始めている頭を見て、体を目一杯逸らす。
「なはは!おまんが名を教えてくれたら入るぜよ!」
坂本は、注文した豆大福が運ばれてくるなり、豪快に齧りつきながら楽しそうに笑った。
(刀と脇差を差してる…武家出身か?茶屋に入る金があるということは、乞食ではなさそうやな)
楓はこの摩訶不思議な男が何者なのか、思考を巡らせる。
「うちに何か用でもあんのか?」
執拗に自分に纏わり付く坂本に初めて楓は興味を持った。
「いんや!!用ちゃあない。ただおんしを気に入っただけぜよ!」
「…はぁ?!」
思わず拍子抜けした声を上げる楓。坂本は、楓の姿を間隔の狭いつぶらな目で捉えた。