幕末異聞―弐―
「おんしゃー、もし誰も血を流さないですむ世の中になったらどう思う?」
あまりにも突然過ぎる尋問に、楓は目を剥く。
「突然なんやねん?!」
「答えて欲しいんじゃ」
今までとは明らかに違う坂本に対し、楓の体は無意識に身震いをしていた。
おそらく、これが彼の“本気”なのだろう。
楓はゴクリと音を立てて唾を飲み込む。息が詰まりそうな威圧感の中、楓は自分の中の答えを探していた。
「…わからん」
「何故?」
「……そない世界になったら、今まで血を流してきた人間は…なんで……」
――斬ってきた敵は…
斬られてきた仲間は…
刀を振るう自分は…
“何のために存在していた?”
楓のこめかみからは暑くもないのに一筋の汗が流れていた。瞳が小刻みに揺れる。
(うちは…動揺しとるんか?)
灰色の袴をギュっと握り閉めるその手も汗ばんでいた。
「なぁ女子よ。わしゃ思うんじゃ。
刀で人を殺めて造る時代なんて、何の価値もないと」
坂本は、浅黒い大きな手でくせ毛頭をクシャクシャにかき混ぜる。
「仲間を殺して殺されて…次は自分だと怯えて斬られる前に斬ってまた憎まれて。
そんな事続けていたらいつか日本から日本人はいなくなってしまうぜよ」
「そんなはずないやろ!童なんか毎日ぎょうさん生まれとるんや!!」
「じゃあ、おまんはその生まれてきた童に斬って斬られての憎しみの世を見せて、同じ事を繰り返させるがか?」
「そうや!ウチかてそう育った!!
この時代に生まれたからにはそうするしかあらへんのや!!斬っても斬られても文句はなし。それがこの世の理やろ!!」
「おんし…まさか……」
吐き捨てられた楓の一言が一瞬、坂本の口を止める。
当の楓はいらぬことを言ってしまったと言わんばかりに俯き、舌打ちをしていた。