幕末異聞―弐―
「おお!!いたいた!やっと見つけましたよ!!」
白熱する二人の議論の中に場違いな歓喜の声が混ざる。
「「?」」
坂本と楓は同時に前方に注目する。
そこには、太陽を背負って立つ男がいた。体の正面は、日の光のせいで影になってしまい、顔はよく見えない。しかし、髷の白髪の混ざり具合や声から、そんなに年の男ではなさそうだ。上等な袴を履いた腰には一本刀が差してあった。
「おんし…誰じゃ?」
坂本は首を左右に傾げて眉を顰める。楓にとっても心当たりのない人物だった。
「おっと!これは失礼。
私、宮部と申します。是非、坂本様に会って頂きたいお人がいるのですが、ご同行願えますかな?」
物腰の柔らかい喋り方で坂本に依頼する宮部。そんな宮部の言葉が耳に入っているのかいないのか、坂本は瞳を上に持っていき、何かを考えていた。
「それは別にええが、もうちょい待っていただけんかの?今この女子と話をしとるんじゃ」
「…」
楓は坂本に対し何も反応を示さない。
楓の神経は、坂本ではなく宮部にいっていたのだ。
「大変申し訳ないのですが、面会を望んでいるお人は多忙ゆえ、時間がないのです。この娘には、この茶屋にいてもらってはいかがでしょう?」
「なんじゃ〜。そんな時間がないのか〜。じゃ仕方ないの。女子よ!!」
「?」
ようやく宮部から目を逸らし、立ち上がった坂本を見る。
「ここで待っててくれんかの?!帰ってきたら、名を教えてくれい!!」
笑顔と一方的な約束を残し、坂本は宮部に付いて歩いていってしまった。
「…とんだ災難やな」
静かになった長椅子に座る楓。何気なく坂本の大福が乗っていた空の皿を手に取る。
(坂本龍馬…。本当に倒幕派の志士なのか?)
真実がうやむやなまま、楓は坂本の言いつけを破り、茶屋を後にした。