幕末異聞―弐―
「あらら。またやったのかいお嬢さん!」
隊士を運ぶ三人に屯所の中庭から声を掛けてきたのは紺色の道着を着た六番隊組長・井上源三郎である。
「こいつらが勝手に気絶しただけや」
「かっかっか!!相変わらずおもしろい女子だ!!
そうだ!赤城君。総司を見なかったかい?」
井上は引き笑いをしながら楓に尋ねる。
「なんでうちに聞くんや?知らん」
素っ気無く井上の質問に答えた楓は自分の身体より遥かに大きい隊士を再び引きずって歩き出した。
「そうかい。そりゃ残念だ。いや、君なら居場所を知ってる気がしてな」
「ガキとちゃうねんから、いちいち人に言って出かけるわけないやろ」
「ほぉ?総司は出かけているのか!
ありがとうお嬢さん。それがわかったらもう十分だよ。では、失礼」
井上はいたずらが成功した子どものような笑顔を楓に向け、道場へ向かっていった。
(ハメられた…)
楓は気に食わないとでもいうような目線を井上の背中にぶつける。
実は、楓はついさっき沖田が勝手口からソロソロと屯所の外に出て行く姿を目撃していたのだ。大方、稽古をサボって甘味処にでも行くのだろうと思っていたところだった。
「総司また稽古さぼってんのかな?」
「そんで源さんに怒られる!いつものことじゃねーか」
藤堂と永倉は苦笑しながら平隊士たちが下宿している大部屋に入っていく。
「これで、最後―!」
藤堂は、ドサっと担いでいた最後の隊士を畳の上に寝かせた。
「ありがとな平助。よし!俺らは巡回に行くぞ」
「あ〜…めんどくさ」
「それ終わったら夕飯だからがんばって来い!」
藤堂の励ましを受け、二人は浅葱色の羽織を着て京都の市中見回りに出かけていった。