幕末異聞―弐―
「で?一体誰がわしに会いたいと言っとるがか?」
楓が茶屋から去ったことを全く知らない坂本は、子どものように蛇行しながら宮部に付いていく。
二人は、楓と出会った河原町を抜け、人通りの少ない長屋が立ち並ぶ路地に入っていった。
太陽は昇っているというのに、この路地には全く日が当たらず、表通りよりもひんやりとしていた。
宮部は周囲に誰もいないことを十二分に確認し、ようやく坂本に向き直る。
「これから貴方様に会っていただく人物は、あまり大きな声で言えない名です」
皺の入った腫れぼったい、眠そうな目で坂本を見る宮部。
「なんじゃ〜。面倒くさい事はごめんぜよ」
坂本は、両手を後頭部で組み、だるそうにそっぽを向いてやる気のなさを表面に出す。
「まあそう仰らず。こちらも貴方様との関りを“びじねす”として考えております」
「ほ〜?そいじゃ仕方なか。しかし、わしゃ気に入った仕事しか引き受けんぞ」
「存じております」
宮部は、長屋の端部屋、戸の和紙が所々破けている扉の取っ手を引いた。
四畳ほどの正方形をした家の中は、予想以上に暗く、足元もおぼつかない状態であった。
「吉田先生!坂本殿を連れて参りました!!」
狭い部屋の中には人形をした黒い塊が見えた。
窓からほんの少し差し込む日の光が逆光となり、顔は見えない。
「宮部さん、ご苦労様でした。坂本殿、どうぞお上がりください」