幕末異聞―弐―
「その前に名を聞かせてくれんかの?このおっさん全っ然教えてくれんのじゃ!」
「お…おっさん?!!」
腫れぼったい目をカっと見開き、声を裏返らせる宮部。
彼の実年齢は三十五歳。確かにこの歳にしては皺も多く、老け顔という自覚はあるが、こんなにあからさまに年扱いされたのは初めてであった。
「それは失礼しました。
私は長州藩藩士、吉田稔麿という者です」
「…そうか。おまんが吉田かぁ!噂には聞いちょった!」
坂本は、吉田が名を明かしたのと同時に、草鞋を脱いで茶色くなってささくれ立つ畳にドカっと胡坐をかいた。
宮部は入り口の戸を閉め、外の様子を伺いつつ立ったまま二人を見守る。
「して、わしに何の用じゃ?」
「意外とせっかちなのですね」
「約束があるきに、手短に頼むぜよ」
坂本が座敷に上がった事により、吉田の顔が段々露になってきた。
「承知した」
丁寧な言葉使いや仕草からは育ちの良さが滲み出ている。
とても倒幕過激派の指導者とは思えない温和な顔に坂本は釘付けになった。
「では単刀直入に。
海援隊から英吉利製の武器を買い取りたい」
影の中で吉田の目だけがギラギラと光っている。威厳のある声と合わせると、更に迫力を増した。