幕末異聞―弐―
暗闇の中で沖田は全ての感覚が麻痺していた。
幽霊が変な構えをしてからは何が起こったのか全く見えなかった。
(私は…一体…)
全く訳がわからないまま、徐々に全ての感覚が戻る。
「…?!」
目を瞑ったまま沖田は、左手に不思議な感覚を覚えた。
(温かい?)
それは、お湯などでは決して再現することの出来ない湿度と温度。
(…人の手?!)
沖田はバチっと目を開けた。
「…手間かけさせるなや」
容姿は全くの別人だが、聞きなれた声に思わず顔を覗き込む。
「………え?氷雨太夫…?」
「そんな奴はおらん」
「???」
「赤城楓や。阿呆が」
白粉を塗った美しい顔が沖田に向けられる。
沖田の心臓が一瞬跳ね上がった。
「…へ?……かえ…で?」
「そうだよ」
気が付けば、何事かと部屋から出てきた土方が柱に寄りかかっていた。
「とりあえず入れ」
首で副長室を指し、二人に入室するように促す。
「手。離せや」
「え?…手?!」
全てが理解できない沖田は、楓に言われて自分の手を見る。そこには、ガッチリと楓の華奢な手を握り締める自分の手があった。
「す…すみません!」
急いで手を離し、部屋に入っていく楓に付いて行く。
沖田の額には、焦りと戸惑いからくる汗が光っていた。