幕末異聞―弐―
「ここからは真面目な話だ。総司」
「はい」
「まず、こいつが太夫の格好で潜入捜査をしていることは誰にも言うな。それと、今度あの籠屋に戻る時は、こいつの大太刀も持って行ってやれ」
「それはつまり…」
「いつ枡屋を御用改めしてもおかしくねェ時期に入ったってことだ」
沖田が隣に座る楓を見ると、彼女の横顔は複雑な表情を浮かべていた。
「喜右衛門の話し振りからは、枡屋には吉田はおろか、長州藩士一人おらへん感じやで?
だったら仲間の会合がある時に一気に全員叩き伏せればええやん」
「ふん。そんなうまい具合にいくことは十中八九ねぇ。あっちだって馬鹿じゃねえからな。おそらく、誰かが連絡役となって分散している仲間に情報を伝えているはずだ」
「あ!じゃあ枡屋を捕縛するのは、その分散した仲間を一箇所に集めるためですね?!」
胡坐をかいた膝を手の平でポンっと打ち、土方の考えを自分なりに解釈した様子の沖田。楓もなるほどっという様にふんっと鼻で笑った。
「そうだ。やつらは重要機密が新撰組に露見するのを恐れ、即、枡屋を消すか助けるかの選択をするだろう。だが、行動するにはそれなりの連携が必要。しかし連絡役を通して話す時間はない。
そうなると、どこかに集まって話をするしかないだろう?」
「そこで一気に討つ」
「そうだ」
どうだ!と言わんばかりに胸を張る土方。彼もまた大人になりきれていない三十歳なのだ。
「わかったらとっとと持ち場に戻れ!もう夜が明けちまうぞ?!」
「「え?」」
二人が土方の部屋を追い出された時には、既に外は漆黒から紺色に変わっていた。微かに鳥のさえずりも聞こえる。いよいよ夜が明けるのだ。
楓は、隊士たちが起きる前に“赤城楓”に戻ろうと慣れない着物を引きずりながら急いで自室に向かって走り出した。
「楓!」
「何やー!」
沖田の声に返事だけして朝日に照らされる一直線の廊下を走り続ける楓。
「くれぐれも気をつけてくださいね!」
「余計なお世話やボケー!」
「あっはは。全くあの人は」
可愛気のない楓の返答にどこか寂しさと頼もしさを感じながら、沖田は二日振りの風呂を満喫することにした。