幕末異聞―弐―
「…それがわからんのです」
痛いところを突く沖田の質問に、山崎が更に深く俯いて落ち込む。
監察にとって一番あってはならない事。それは、一片の情報も持ち帰れない事だ。人間とは、来歴を辿っていけば、必ず何かの情報が掴めるはずなのだ。
だが、その常識を意図も簡単に覆したのは他でもない、赤城楓であった。
「どう頑張ってもあいつの正体が掴めないんです。
訛りがある事から、大坂や尾張、紀伊、大和なども回ってみましたが、立ち寄った形跡すら見つかりませんでした」
「じゃあ…一体何処から…?」
沖田は、今までの楓との会話を思い出しても、彼女自身に関する話を聞いた記憶がない事に気がついた。
(あの人の事を聞くどころか、私は自分の事ばかり話していたじゃないか…)
額に手を当てて、自分の非力さと楓への依存を恥じる沖田。
楓を“女”として扱わないと口で言っていても、やはり心の奥底では“女”と認識していた。
(“いざとなったら私が…”なんて思っていたけど、結局助けられていたのは私の方じゃないか)
沖田は、自分の女々しさと脆弱な心に情けなさを感じた。
「赤城が自分の事を自ら話さないという事は、言いたくないのであろう。
俺たちがどうこう考えていても致し方あるまい」
「せやな。正体不明でも、新撰組に牙を剥かない限りは無害と考えてええっちゅーことですね」
「そうだろうな」
齋藤と山崎は、再び寝転がって軽く伸びをした。
「…あと、七日ですね」
沖田は、完成した鶴を窓の縁に置き、四角く切り取られた空を見ながら、静か過ぎる町に胸騒ぎを覚えていた。