六年一組、本紛失事件
「恥ずかしいですわ。こんなところを見られるなんて」

 藤美教諭は波教頭に恐怖を感じているのを悟られないように軽くほおをゆるめた。

「とても、すてきだよ。綺麗で細い指から奏でる音は聴く者に幸福を感じさせるね」

 波教頭はキザなせりふを並べた。

「そんな、幸福だなんて……」

「ちゃんとした曲を弾いてくれるのなら、もう、藤美先生の虜になりそうだよ」

「虜だなんで……教頭先生、冗談がうまいですわね」

「冗談? 冗談を藤美先生に言うと思うかい?」

「冗談でないのですか?」


< 115 / 302 >

この作品をシェア

pagetop