隠す人
1.悲劇までのカウントダウン
1.悲劇までのカウントダウン
午前8時、01分。
今日が昨日とは違う朝になるなどと、誰が想像していただろう。
通勤途上の人々でごった返す、品川駅のいつもの朝。
大きな人の流れの中にいた一人の男が、ゴミ箱の前で歩みを止めた。
まぁこれも、よくある風景。通勤の途中、電車の中で噛んでいたガムやらポッケの中で見つけた紙ごみを捨てる男に目を向けるほど他人に興味がある人間は、この界隈にはいない。
銀縁のメガネがよく映える、端正な顔立ち。細い体を包んでいるピンストライプのスーツは折り目も正しく、大都会の豪奢な街並みを背景にしても見劣りしない。まっすぐに伸びた背筋が、今までしてきた、また今日もこれから行なうであろう自分の仕事に対する誇りと自信の程を物語っていた。
その男がスーツの内ポケットから出したのは、ガムでも丸めたティシューでもなかった。
飛行機のチケット。
11時22分、成田発ロンドン行き。
「……」
男はそれを一瞥した。
表情の読めない、メガネの奥の涼やかな瞳。
その瞳が、一瞬、怒りでゆがんだ。
その直後。
男はチケットを、音を立てて激しく破いた。
上品なビジネスマンの突然の奇行に、そばを通っていく人々がちらちらと視線を浴びせても、男はそれに構う様子はない。
男は破いたチケットをゴミ箱に投げ捨てると、元の人の流れに戻っていく。
やがて、完全に人の波に飲み込まれ、男の姿は見えなくなった。
慌しい、いつもの朝の風景が戻ってくる。
怒りと狂気を、その中に隠し持ったまま。
駅の時計が、8時2分を指した。
隠しこまれた狂気が暴発するまで、
あと23分。
午前8時、01分。
今日が昨日とは違う朝になるなどと、誰が想像していただろう。
通勤途上の人々でごった返す、品川駅のいつもの朝。
大きな人の流れの中にいた一人の男が、ゴミ箱の前で歩みを止めた。
まぁこれも、よくある風景。通勤の途中、電車の中で噛んでいたガムやらポッケの中で見つけた紙ごみを捨てる男に目を向けるほど他人に興味がある人間は、この界隈にはいない。
銀縁のメガネがよく映える、端正な顔立ち。細い体を包んでいるピンストライプのスーツは折り目も正しく、大都会の豪奢な街並みを背景にしても見劣りしない。まっすぐに伸びた背筋が、今までしてきた、また今日もこれから行なうであろう自分の仕事に対する誇りと自信の程を物語っていた。
その男がスーツの内ポケットから出したのは、ガムでも丸めたティシューでもなかった。
飛行機のチケット。
11時22分、成田発ロンドン行き。
「……」
男はそれを一瞥した。
表情の読めない、メガネの奥の涼やかな瞳。
その瞳が、一瞬、怒りでゆがんだ。
その直後。
男はチケットを、音を立てて激しく破いた。
上品なビジネスマンの突然の奇行に、そばを通っていく人々がちらちらと視線を浴びせても、男はそれに構う様子はない。
男は破いたチケットをゴミ箱に投げ捨てると、元の人の流れに戻っていく。
やがて、完全に人の波に飲み込まれ、男の姿は見えなくなった。
慌しい、いつもの朝の風景が戻ってくる。
怒りと狂気を、その中に隠し持ったまま。
駅の時計が、8時2分を指した。
隠しこまれた狂気が暴発するまで、
あと23分。
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